富士山の銘水 陸上部

FEATURE特集

2023.11.03

長距離陸上競技

東日本実業団対抗 駅伝競走大会

6区で、コニカミノルタを追い抜く芹澤。

「ニューイヤー駅伝」への切符を賭けた戦い
絆が起こした奇跡の大逆転

フレシャスを運営する富士山の銘水の陸上部が、ニューイヤー駅伝の切符を賭けた予選会に初出場!日本中を沸かせた奇跡のドラマ。

※登場する選手名は敬称略しています。
edit&text:Hisako Iijima photo:Hitoshi Sakurai

念願の初出場、決戦の朝

11月とは思えない照りつけるような強い日差しが気温をぐんぐん上昇させた。正午前、澄み渡るような快晴。ひとりの選手が競技場のトラックに飛び込んできた。観客席で待ち構えていた応援団が、その青いユニフォームを凝視する。ゼッケン27番、富士山の銘水――今まさに奇跡が起ころうとしていた。ゴールまでトラック1周半。初出場のチームの健闘を称えながらも、半ば諦めかけていたレース展開に消沈していたムードは一変。どよめきのような歓声が湧き上がった。

その4時間ほど前、埼玉県庁前には実業団陸上部の長距離エースたちが集結していた。毎年、文化の日に行われる「東日本実業団対抗駅伝競走大会」は、「全日本実業団対抗駅伝競争大会(通称・ニューイヤー駅伝)」の出場権をかけた予選会を兼ねる。コースは熊谷スポーツ公園陸上競技場をゴールとする7区間、総距離76.9キロ。36チームのうち、12位までが元旦のニューイヤー駅伝に出場できる。歴代の優勝杯を手にした富士通やホンダ、上位チームは、順当に枠を埋めるだろう。最終的には、実力が拮抗する数社で12番目を争うことになるはずだ。熾烈な戦いは避けられない。

そんな中、富士山の銘水長距離陸上競技部の選手たちは緊張する様子もなく、レース前のウォーミングアップでも朗らかな笑顔を見せていた。チームを率いるのは、過去に2チームをニューイヤー駅伝出場に導いた高嶋哲監督。敷いた布陣は、序盤にスピードランナーを投入する「先行逃げ切り」の走順。初出場ゆえにノーマークであることも強みだと考えていた。

スポーツで山梨県に恩返し

最終区、怒濤の3人抜きでニューイヤー駅伝初出場の快挙をもたらした篠原楓。
最終区、怒濤の3人抜きでニューイヤー駅伝初出場の快挙をもたらした篠原楓。

長距離陸上競技部はまだ創部2年目の若いチームだ。フレシャスを運営する富士山の銘水株式会社が、スポーツを通じて地元の山梨県に恩返しをしたいという思いから発足。新聞各社も山梨初となる実業団創設の朗報を報じた。掲げた目標は3年以内にニューイヤー駅伝出場。しかし、1年目の長距離メンバーはわずか4人。東日本大会の出場規定は補欠選手も含む14名のチーム編成なので、到底満たなかった。

迎えた2年目、2023年、春。長距離陸上競技部は、箱根駅伝の経験者も含む総勢14名となり、本格始動した。練習拠点の山梨のグラウンドは、富士山を仰ぐ。高地トレーニングも日常的にできる絶好のロケーション。環境は十分だ。しかし、他チームと比べて新人が多く、圧倒的な経験不足は否めない。ルーキーで主将に選ばれた小林竜也も、チームの課題に気づいていた。

「経験の差は、意識の差。実業団で揉まれていない僕たち若手には、競り勝つ精神力が足りない」

28歳の年長者、才記壮人は同世代の芹澤昭紀とともに後輩たちに寄り添い、意識の向上に励んでいた。駅伝は、闘志を繋いでいく競技。負けない気持ちが一人でも途切れれば、一瞬にして勝機を逃す。ゴールへの原動力は互いの信頼と自信。タスキに賭ける勝利への執念が不可能を可能にし、劇的なドラマが生まれる。それが駅伝の醍醐味だ。

先行逃げ切りの作戦が…

戦いの火蓋は切られた。1区にはニューイヤー駅伝に2度出場経験がある才記。インターナショナル枠の2区にはケニア人のキサルサク・エドウィンが抜擢された。この2人が先頭集団に食らいつければ、チームは上昇気流に乗るはずだ。号砲を合図にランナーが一斉に飛び出す。トップ争いの牽制で、才記は粘りに粘った。少しずつペースが上がり、脱落者が続出する中、落ち着いた走りで強豪たちと肩を並べ、続くエドウィンも期待通りの俊足を見せつけ、堂々の7位。「先行逃げ切り、12位以内」を狙うチームとしては悪くない立ち上がりに、応援団も活気づく。

しかし、ここで暗雲が垂れ込む。最長区間の3区に抜擢されたエースの湯本樹が11位と順位を落としてしまったのだ。十分練習を積み、「3区を走りきれる選手は自分しかいない」と自負していた彼は、高嶋監督にも「チームの中で一番成長した、どの区間でも任せられる」と太鼓判を押されていた。

沿道に駆けつけ、4区の小林竜也に声援を送る富士山の銘水応援団。
沿道に駆けつけ、4区の小林竜也に声援を送る富士山の銘水応援団。

ところが、「いざ走り出してみたら、やはりすごい緊張感と不安が大きくて…。最初の5キロぐらいまでは本来の自分の走りができず、フワついた感じで走っていました」と、駅伝経験のなさが露呈してしまう。

続く4区の小林、5区の竹内颯も徐々に順位を下げていく。伸び盛りの若手たちは健闘するも、力及ばず15位まで下落。6区の芹澤にタスキが渡った時点で、予選突破ラインの12位との時間差は1分19秒もついていた。

「暗転した流れを覆すのは難しい。これが現時点の実力なのかも…」。1区で気を吐いた才記はこの時、自身の経験からも厳しい状況であると感じていた。周りの選手たちにも諦めの表情が浮かぶ――。

反撃の狼煙。「まだ諦めるほどの差ではない」

タスキを受けた6区の芹澤は、「まだ諦めるほどの差ではない。行けるだけ行って、ベストを尽くすだけ」と、シンプルに走りに集中した。どんどんスピードを上げ、前を行くコニカミノルタをとらえる。「ここで後ろについても意味がない」と迷わず飛び出し、一つ奪還、14位。しかも1分19秒もあった12位との差を、13秒まで縮める快走を見せ、最後の希望をアンカーの篠原に託した。この時、後輩思いの芹澤は、「あとちょっと追いつけなくて、ごめん」と、13秒を詰め切れず、後輩に重責を負わせることを申し訳なく感じていた。同時に「篠原はうちの中でもすごく練習を積んでいて、距離も1番走っている。あとは頼む!」と、後輩の力を信じた。

7区を走る篠原楓は山梨学院大学時代に箱根駅伝に3度出場、うち2度は最終区を経験している。今回、最後を任されたことも「アンカーで順位が決まるのは当然のこと。さほど大きなプレッシャーはない」と語っていた。感情をあらわにしない篠原に対して、仲間たちが親しみをこめて名付けたニックネームは「鉄仮面」。本人は「メンタル弱め」と自嘲するが、逆境でも「まだできる、走りたい」と思う気持ちが勝るという。

タスキを掴んだ篠原は進撃を開始した。13位のJR東日本をあっという間に抜き去り、さらに前へ詰め寄る。12位争いは向かい風、中盤8キロ過ぎ。壮絶なデッドヒートが繰り広げられようとしていた――。

チーム力が呼び込んだ逆転劇

左は大逆転の予選突破を見届け、感極まる湯本と出走メンバーを支えた佐藤颯、蟹江翔太。
左は大逆転の予選突破を見届け、感極まる湯本と出走メンバーを支えた佐藤颯、蟹江翔太。

ちょうど6区から7区へとタスキが渡った頃、高嶋監督は、7区10キロ地点(ゴール3キロ前)で数名の選手たちと待機していた。それまで1分19秒開いていた12位との差が、13秒にまで縮まったことをWEBの区間速報で知る。付き添いの選手たちからもSNSで状況が伝わってきた。「このチャンスは逃しちゃダメだ」、即座に周りの選手たちに指示を出す。

「全員散らばれ!篠原の応援に行け!」

3区を走り終えチームに合流していた湯本も監督の指示を受けて、8キロ地点に走った。「篠原ならやってくれる」。途中、繰り返し何度も思う。応援地点に着くと、ほどなくしてフレシャス・ブルーのユニフォームが見えた。12位のNDソフトをピタリ追走している。少し前には11位の小森コーポレーション。三つ巴の混戦状態。予選突破の12位を賭けて激しい鍔迫り合いが繰り広げられている。近づいてきた篠原に、併走する湯本は何度も何度も声の限り叫んでいた。

「お前が一番強い!この中で一番強いんだ!」

この言葉は、無意識に心の底から出てきた。駅伝1ヵ月前から篠原と1区の才記と3人でポイント練習を重ねてきた湯本。

「ずっと一緒に練習してきて、素直に篠原が強いと思っていましたし、篠原なら絶対勝ってくれる自信がありました」

走る篠原は、この声に背中をぐんと押された。応援する湯本の目の前で12位のNDソフトを追い抜き、9キロ地点ではさらに小森コーポレーションをかわして、11位に浮上。起死回生のごぼう抜きは報道陣を釘付けにした。

この時のことを篠原は振り返る。

「応援は、非常に嬉しかったです。本当に後押しになりました。特に湯本さん、声がもうめちゃくちゃ響いて、声が枯れるぐらい響いていた。それが1番後押しになった。その後も、先輩たちが散らばって応援してくれたので、“これはもう行かなきゃ”っていうのが本当にありました。(もし応援がなかったら)自分だけでは、ちょっと無理だったかも、っていうのはありました」

この後、篠原は競合の猛追を振り切り、一気に引き離してそのまま11位でゴール。奇跡の大逆転!創部2年目、初挑戦で「ニューイヤー駅伝」の切符を掴んだ!

ゴール直後、応援席に向かう篠原を、歓喜する選手や関係者たちが出迎えた。その中には、顔を真っ赤にして少年の様に泣く湯本の姿があった。

「本当によかった。ありがとう」

湯本からの言葉に、普段は「鉄仮面」と呼ばれる、この日のヒーローの目に、「こみ上げてくるものがあった」と涙があふれた――。

未踏の一歩、始まりの光

駅伝は走りがすべてではない。高嶋監督はチームの成長と人間力を見てきた。

「立ち向かう姿勢、健やかな雰囲気、一人ひとりのパーソナリティ。このチームには記録では表せない、勝てる要因がある。あとは個々が力を出し切れるかどうか。やれる手応えは十分感じています」

山梨県勢としても初となる「ニューイヤー駅伝」は決死の総力戦。富士の懐に抱かれ、光差す方へ。その先の頂へ!

2列目右端は高嶋哲監督。1列目左から、芹澤、篠原、湯本、竹内、小林、エドウィン、才記。
2列目右端は高嶋哲監督。1列目左から、芹澤、篠原、湯本、竹内、小林、エドウィン、才記。

東日本実業団駅伝2023 結果

東日本実業団対抗 駅伝競走大会 11月3日(金)埼玉県(7区間76.9㎞)

区間

距離

選手

総合順位

1区

11.6㎞

才記 壮人

7位

2区

8.0㎞

キサルサク エドウィン

7位

3区

16.5㎞

湯本 樹

11位

4区

9.5㎞

小林 竜也

13位

5区

7.8㎞

竹内 颯

15位

6区

10.6㎞

芹澤 昭紀

14位

7区

12.9㎞

篠原 楓

11位